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2019年度 ポテンシャルな顕著な普遍的価値(OUV)の言明(案)

2020年5月22日(金)

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ユネスコ世界遺産一覧表へ記載される(世界遺産に登録される)ためには、その自然遺産及び文化遺産が「顕著な普遍的価値」(Outstanding Universal Value, OUV)」を有していなければなりません。(遺産は不動産を対象とします。)

「顕著な普遍的価値」(OUV)とは、(その遺産の)「文化的及び/又は自然的意義が国境を越えるほど顕著であり、今日及び次世代のすべての人類にとって共通に重要であること」です。

具体的には、以下を証明することで「顕著な普遍的価値」(OUV)が認められます。

・遺産がユネスコが定める10つの評価基準(内、文化遺産は6つ)のいずれか一つ以上に該当すること

・遺産が完全性と真実性を有すること

・遺産の保存管理体制が整っていること

 

「顕著な普遍的価値(OUV)の言明」とは、通常数百ページで構成される世界遺産推薦書本体において推薦する資産が持つ価値が簡潔かつ十分に記載されなければならない中心的な記載事項です。

私どもは昨年度(2019年度)、2019年3月に策定した「登録に向けたロードマップ(2019年度~2021年度)」にもとづきロードマップ委員会を中心として当該(案)の作成を行い、世界文化遺産学識経験者等専門家による助言と本法人理事による指摘を参考に以下のとおり(案)をまとめました。

なお、「顕著な普遍的価値(OUV)の言明」は、ユネスコ世界遺産委員会にて世界遺産登録が正式に決定されるまでは常にポテンシャルな(可能性のある)状態であるため、私どもは「ポテンシャルな顕著な普遍的価値(OUV)の言明」と呼ぶことにしております。

この(案)は2020年度も、そしてその先も常に磨き上げが必要となります。みなさまのご意見ご感想をいただけますと今後のはげみとなります。よろしくお願い申し上げます。

 

資産名称 長島のハンセン病療養所群

 

1 総合的所見

長島は日本の西部、瀬戸内海に位置する周囲16キロメートルの島である。本土との距離は22mしか離れていない。国が1927年に国立第一号のハンセン病療養所の地として長島を選定したことを受け、長島の大部分は国有地となった。

国は、1907年から始まった日本における隔離政策を1931年から「癩予防法」(旧法)に基づき強化するにあたり、1930年に長島に日本初の国立療養所長島愛生園を設置した。長島の西部は1938年に、大阪で台風によって壊滅した療養所(現在の国立療養所邑久光明園)の移転先となった。この移転は、当時の社会がハンセン病療養所を地域で受け入れることを拒否し、排除したことを反映したものだった。

長島愛生園の初代園長、光田健輔医師は日本および当時日本の統治下だった地域における隔離政策をけん引した人物であり、長島は名実ともにハンセン病患者隔離の象徴となる場所となった。療養所は本来病気の治療をする場所にもかかわらず、患者数が定員をはるかに超え、予算措置が全く不十分だったため、入所者は自活する必要に迫られた。療養所コミュニティの維持のため、入所者は自身の手で看護や介護に加え、平地が少ない島であるという厳しい条件の下で畑作や畜産にも従事しなければならなかった。

1940年代後半以降、ハンセン病が治癒する時代となるも1953年の「らい予防法」(新法)は療養所からの退所規定を設けず、隔離政策は1996年に同法が廃止されるまで継続した。療養所内では第二次世界大戦前から1953年までは逃走患者の監禁が、1990年代にかけては断種手術が行われるなど、数多の人権侵害が繰り返された。

1953年以降、入所者達は処遇の改善と人権の回復を目指し、運動体を組織し、国に対して働きかけを始める。そして、2001年には国の政策は誤りだったとの違憲判決が下され、国は謝罪した。

現在、療養所は元患者の住まいと人権学習の場という二つの役割を担い、すべての人の人権が尊重される社会の実現に向け活動しているが、入所者の高齢化のため、今後の存続が危ぶまれている。

病気による差別と著しい人権侵害の歴史、及びそこから人権を回復していった過程を今に伝えるこの島の療養所の景観は、人権が尊重される社会の実現の重要性を如実に物語る、普遍的な価値を持つ。

 

2 評価基準適合性の証明

評価基準(ⅲ)

長島は国内の13の国立療養所の中でも島という隔離を立地で生涯を過ごすために必要な景観と建造物を色濃く残しており、ハンセン病隔離政策の歴史と、そこに生きた人々の生きた証と暮らしの実相を物語っている。

1907年、国は法律第十一号「癩予防二関スル件」を制定し、ハンセン病患者に対する法的な隔離を始めた。1931年、法律第十一号は「癩予防法」(旧法)として、全ての患者を療養所に強制的に隔離するものへと強化された。また官民一体となった「無癩県運動」により、国は国民に対してハンセン病が伝染りやすく、恐ろしい伝染病であると科学的に誤った認識を流布した。

1915年以降、国内に設けられた公立療養所では断種手術、逃走患者の監禁、療養所運営のための労働、さらには退所規定のない法律による人生そのものへの被害など数々の人権侵害が行われた。

第二次世界大戦後、特効薬の導入や戦後民主主義の普及を背景に、入所者は本格的な自治を求めるとともに、処遇改善や人権回復の運動をはじめたが、1953年、国は療養所維持のため「癩予防法」を「らい予防法」(新法)に改正した。約半世紀に渡る入所者の粘り強い運動の末、1996年にようやく隔離法は廃止され、2001年には国の政策は誤りだったとの違憲判決が下され、国は謝罪した。

療養所入所者は、家族との縁が途絶えていたり、社会の偏見に阻まれたりという理由から、故郷に帰ることも、療養所外で生きることも事実上非常に困難であった。そのような環境の下、自治会を中心とした団体自治を発展させ、療養所内の処遇改善を国に対して求めつつ、一方で生きがいを求めての文芸や、美術、工芸などの表現活動も活発に繰り広げた人も少なからず存在した。

また、入所者の生も死も島内で完結させる前提のもと、療養所内には魂の救済の場であるいくつもの宗教施設が作られ、また差別のため引き取り手のない遺骨のための納骨堂も整備された。

評価基準(ⅲ)【定義:ユネスコのマニュアルより】

現存しているか消滅しているにかかわらず、ある文化的伝統又は文明の存在を伝承する物証として無二の存在(少なくとも希有な存在)である。

Bear a unique or at least exceptional testimony to a cultural tradition or to a civilization which is living or which has disappeared

 

評価基準(ⅴ)

長島は、完全に閉じられた環境における自給的自立的生活の一つの典型である。

1930年、長島愛生園が開園すると島という立地を最大限に利用し、ハンセン病患者の隔離収容が行われた。

島内に2つ存在する療養所内は有菌地帯と無菌地帯に分けられ、患者は後者への立ち入りが禁止されていた。島の土地は入所者の生活維持のため、畑や果樹園、水田や畜産に使用されるとともに、第二次大戦中は塩田や松根油製造にも利用された。平地が少ない島をハンセン病による様々な障害がある患者自身が造成し、建物を建設し、畑は段畑を形成していった。1938年、長島西部に外島保養院が光明園として再興されると島の地形を利用しながら、その規模を拡大していった。

島は入所者にとっては隔離の場かつ自活の場であり、島内で一生が完結するように建造物が建てられている。

評価基準(Ⅴ)【定義:ユネスコのマニュアルより】

あるひとつの文化(または複数の文化)を特徴づけるような伝統的居住形態若しくは陸上・海上の土地利用形態を代表する顕著な見本である。又は、人類と環境とのふれあいを代表する顕著な見本である(特に不可逆的な変化によりその存続が危ぶまれているもの)。

Be an outstanding example of a traditional human settlement, land-use, or sea-use which is representative of a culture (or, cultures), or human interaction with the environment especially when it has become vulnerable under the impact of irreversible change

 

評価基準(ⅵ)

長島は、「ハンセン病撲滅」の旗印のもとに行われた国の隔離政策と、それを長引かせた社会の無関心、またそのような状況の中、この島で人生を送った療養所入所者の困難とレジリエンスを証言する遺産である。

日本における隔離法、法律第十一号「癩予防二関スル件」は1907年に制定され、1931年から「癩予防法」(旧法)に強化され、全国に終生強制隔離を目的とした国立療養所が設立された。それに先立ち1930年、長島に日本初の国立療養所「長島愛生園」がいわば患者隔離のモデルケースとして設置され、1938年には台風によって壊滅した、もともと大阪にあった療養所(現在の国立療養所邑久光明園)の移転先となった。この移転は、当時の社会がハンセン病療養所を地域で受け入れることを拒否し、排除したことを反映している。

療養所内では入所者に対する断種や堕胎、監禁が行われた。また、入所者には労働が課せられた。入所者は隔離政策の存続と社会に残る偏見や差別のため、病気が癒えても退所できず、就職、結婚、出産、など、ハンセン病が癒えた回復者として本来得るべき人生の様々な可能性が制限され、大きな被害を被った。

それにもかかわらず、療養所入所者は自治組織とそれを束ねる全国組織を設立し、国に対して基本的人権の尊重や処遇改善を求める運動を展開し、人権の回復を勝ち取った。その結果、岡山県立邑久高等学校新良田教室の設置や、本土との架け橋、邑久長島大橋架橋につながった。さらに現在の療養所は人権を学ぶ場として多くの人々が訪れるようになった。

評価基準(ⅵ)【定義:ユネスコのマニュアルより】

顕著な普遍的価値を有する出来事(行事)、生きた伝統、思想、信仰、芸術的作品、あるいは文学的作品と直接または実質的関連がある(この基準は他の基準とあわせて用いられることが望ましい)。

Be directly or tangibly associated with events or living traditions, with ideas, or with beliefs, with artistic and literary works of outstanding universal significance (The Committee considers that this criterion should preferably be used in conjunction with other criteria)

 

3 完全性の証明(略)

4 真実性の証明(略)

5 保護と管理に必要な措置(略)

 

※樹木を例にイメージ図を作成しました。

2019ポテンシャルな顕著な普遍的価値(OUV)の言明(案) イメージ図

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